2009年11月9日月曜日

新メニューのピンチョス

ピンチョスとはピンチョの複数で、標準スペイン語ではPinchos、本場であるバスク地方では、バスク語でPintxosと書く。本来、Pinchar(刺す)といういみの名詞で、串や爪楊枝に色々な食材をさしてお酒のあてとしてだされるものである。
Bar mioでも、開店後、早い時期から、Tapasの定番として、出すようになった。


これは、ハム3種のピンチョ。
スペインの生ハム、日本のロースハム、ドイツのアイスバイン






チョリソ3種のピンチョ。
スペインのアンダルシア地方のチョリッソ、日本の山形産、山形牛の入ったチョリソ、スペインのカタルーニャ産のもの、
ハムとチョリソのピンチョを1本ずつで1人前のピンチョスとして
定番メニューとしていた。


今年に入って、変わりダネのピンチョスを提供しだした。
第一弾がこれ、海の幸のピンチョス。
タコ、イカ、ホタテ、エビを赤、黄、緑ピーマンとアスパラでアソート



10月に入ってから、週代わりで色々なピンチョスを出している。
モルシーリャのピンチョス。
米とブタの血の腸詰を輪切りにしてソテーしたもの
クコの実と松の実をトッピング




タラとボケロン(イワシの酢漬け)のピンチョス。
ホタテにズッキーニ、赤・黄ピーマン、ボケロン、干しタラ
スペイン産の干しダラが入りにくく高価のため、日本の干しダラを使用して、大失敗。


ボケロンとアンチョビ(カタクチイワシの塩・オリーブ漬け)のピンチョス。
初めて、パンの変わりにジャガイモを使ってみた。
これも、不評に終わった。



これからも、いろんなピンチョスを考案してゆきたい。
手の込んだ、高級品はやりたくない。
シンプルで、ワインに会うものをいろいろやってゆきます。

2009年11月7日土曜日

またまた随分サボってしまった

スペイン旅行から帰ってから、実質的に何も投稿できていない。
もう、1ヶ月以上だ。実は、なかなかその気にならなかった原因がある。
スペイン旅行を計画中に、早期ではあるが、前立腺癌が見つかってしまったのだ。
現代の医学は随分進んでおり、治療方法に色々なチョイスがある。
ホルモン療法、放射線療法、手術など。
スペイン旅行から帰ったら、その治療方針をお医者様と決定せねばならなかった。
それぞれの治療方法には、長所と短所があり、検討はしたが、自分としては最も確実な手術を受けることにした。折角早期に見つかったのだから、より確実な方法を選んだわけだ。
お世話になっていた病院でその旨をお伝えし、手術の段取りに入ろうとしたが、この病院では従来通りの開腹手術しか出来ないとのこと。以前に、胆嚢を開腹手術し回復に結構時間がかかった経験から、回復期間のより短い、内視鏡下の手術でやりたい。調べたところ、京大病院がこの分野で先駆者であることがわかり、紹介状を書いていただき、京大病院でいろいろ相談。結果、こちらの要望どおり、年末に、内視鏡下の手術を受けることが、ようやく決まった。年末年始の休みをチョット延長して、その間に手術を終えようというわけだ。
12月22日入院、25日に手術。1月の??に退院。自宅療養後、1月の??に開店。
手術の日程が決まって、ようやく、気持ちの整理もできた。
分かってはいることであるが、前立腺を切除するということは、現役の男性であることを終えるということである。男たるもの、いくつになっても、何時までも現役でいたいものだ。そのためには、手術以外の治療方法を選ぶべきである。この点の葛藤も結構あった。手術の日程を決定し、入院の事前手続きをすでに済ませた今、ようやく、また、ブログに投稿する気力も戻ってきた。
あまり、頑張らずに、ぼちぼち、投稿を続けて行きます。

2009年10月10日土曜日

スペイン旅行記9月10日(木)バルセローナ2日目

9月10日(木)、バルセローナ2日目、でも、第一陣5名にとっては帰国前日。
今日は盛りだくさんの日程だ。
まずは、バルセロナの銀座ともいえるLas Ramblas(ランブラス通)を散策。ギンブラならぬ、まさに、ランブラ。

この通に平行して、バルセローナ最大の公設市場がある。
魚、肉、野菜、何でもそろう。
皆、大喜びでいろんなものを買いあさっていた。
野菜の店で、ニンニクや唐辛子がオンパレード。
ランブラス通りはカタルーニア広場から始まり、バルセロナ港で終わる。そこには、コロンバスの塔が。
コロンバスはサンタ・マリア号でこの港から出発し、新大陸を発見した。この塔のコロンバスは一方向を指している。当然、新大陸?でも、そうではないらしい。どこを指しているのかは分からないそうだ。

ランブラス通の散策のあとは、今日もスペインの建築の巨匠、ガウディの遺作をめぐる。

まずは超有名なSagrada Familia(聖家族協会)。

建築が始まって100年以上。でもまだ半分も完成していない。
遺作どころか現在進行形。何時完成するかも分からない。





でも、自分が住んでいた30数年前は、4本の塔しかなかったのに、今では8本もある。着々と工事はすすんでいるのだ。

あまりにも壮大な教会ゆえ、自分の携帯カメラでは実感がでない。是非、一度は、この場所に立って、自分の目で確かめて欲しいものだ。

さて、駆け足でサグラダ・ファミリアを見終わって、昼食へ。
今日の昼食はTapas(タパス)。小皿料理とでもいおうか。
本来は、Barカウンターにずらりと並んでいるものを、これとこれを頂戴、と注文する。ビールやワインのあてのようなもで、まともな食事には2~3時間もかけるスペインでは、ファースト・フード的な軽食でもある。我、Bar mioもこのタパスがメインだ。初めての人には、スペイン風おばんざいといえば理解がはやい。

今日は9名の団体で、事前予約。テーブルにいろんなTapasがならんだ。

真ん中のピッチャーがSangria(サングリーア)。


赤ワインをベースにオレンジジュースなどを加え、甘口の飲みやすい飲み物。 冷たく冷やして頂く。


Ensalada mixta(エンサラーダ・ミックスタ)、ミックス・サラダ。


スペインでは、野菜だけでなく、ツナや海産物、マカロニ、オリーブなど、色々混ぜることが多い。


Mejillones(メヒリョネス)、ムール貝。

Bar mioで出している、知多半島産のものから比べると、随分小ぶり。


Pulpos a la gallega(プルポス・ア・ラ・ガリェーガ)、ガリシア風タコのマリネ。


上にのっている赤いものは唐辛子ではなく、パプリカ(赤ピーマンの粉末)。


Almejas(アルメッハス)、アサリとハマグリの間くらいの貝。


魚のスープといっしょに煮込んである。



Gambas a la plancha(ガンバス・ア・ラ・プランチャ)

桜エビの鉄板焼。
この専門店に行けば、バーカウンターで、手で皮をむき、皮と手拭のナプキンは床に捨てる。床は掃除せず、一杯汚れている店が美味しい店と判断される。

Langostinas a la plancha(ランゴスティーナ・ア・ラ・プランチャ)


ガンバスより少し大きなエビの鉄板焼。



Calamares a la romana(カラマーレス・ア・ラ・ロマーナ)
ローマ風イカのリング揚げ
これも、スペインの定番。
衣にサフランを使うのが特徴。
さて昼食後はガウディの建築めぐりを続行

まずは、Casa Mila(カラ・ミラ)、ミラ邸。

スペインではこういう建物をマンションという。
本来、集合住宅ではなく、個人の邸宅で、それも街中にあるもの。




前日に行った、グエル公園にあったような、超、変わったモザイクがあちこちに見られる。


これは屋上の煙突である。



屋上にこのようなトンネル?が。

トンネルの向うにサグラダ・ファミリアが見える。ちなみに、この反対側にも同様のドームがあるが、そこからはティビダボの山とその頂上の教会が見える。

Casa Batllo(カサ・バッジョ)、バトーリョ邸。

日本語ではなぜか、バトーリョ邸といわれているが、カタラン語の発音はバッジョが一番近いと思う。


Mila家がガウディに依頼して、超、派手なマンションを建てたので、追っかけBatllo家がガウディに依頼して出来上がったマンション。

外観より内装が見所あり。

玄関近くの暖炉のある小部屋。多分、訪ねてきた人を主人に取り次ぐまでのひと時の待合ではないかと勝手に理解したが違うかも。ガイドさんの説明を聞き逃した。

このあと、もう一度、エル・コルテ・イングレス百貨店に立ち寄ったあと、ホテルへ。
ホテルの近くの海鮮レストランで、最後の晩餐。
ヨットバーバーと海が見えるモダンなレストラン。
8時スタート。外はまだ明るく、客は疎ら。

メイン・ディッシュの前のファースト・ディッシュの写真を撮り忘れた。
すなわち、何を食べたか記憶にない。

デザートはCrema catalana(クレマ・カタラーナ)、フランスのクレム・ブリュレに一見にているが、造り方が少々違う。
10月から、Bar mioでもデザートの定番としてだしている。

食後、ホテルまでブラブラ歩いて帰り、一休憩後、タクシーでスペイン広場へ向かう。
昨日行った王宮前の大噴水が、週末の夜のみ、噴水ショーを行う。
今日は木曜日。本来は、やってない日。でも、明日が祭日のため、多分やっているだろうということで出かけてみた。

幸いにもやっていた。
この噴水は、(多分今も)コンピューター等を使わず、機械的な操作だけで、いろんな形状と色彩で、ほぼ1時間近く変化してゆく。
30数年前、バルセローナに赴任してすぐ、この噴水の地下にある機械室に連れて行ってもらったことがある。パイプ、バルブ、その他、機会がびっしりと整然と並んでいた。
赴任当初(1975年、ワオー34年も前だ!)スペインにはまだフランコが生きてきた。独自の政治で外資の進出を制限していた。我社(当時の勤務先)もこのスペインだけにはなかなか進出できないでいた。そのころ、銀行の紹介でアメリカの会社から株式を譲り受け、ようやくスペインに進出。その会社はバルセロナに始めての街灯を設置したり、初めてのラジオ放送局を作ったり、そして、ヨーロッパの各地で照明付の噴水工事を行っていた。
この噴水もこの会社の作。ヨーロッパで最大規模のもの。じっくり噴水を楽しみたいところであるが、噴水が終わったとたんに大量の観客が一斉に帰り始め、タクシーが捕まらない。
残念ながら、早々に引き上げ、タクシーでホテルへ。
最後の晩をホテルの近くの屋外カフェでSalud(サルー、乾杯)。

2009年10月7日水曜日

スペイン旅行記再開

随分とサボッてしまった。
今日は台風接近で店は開店休業状態。
パソコンを店に持ち込み、今までの記事に映像のアップと、追加・訂正を加えました。
さかのぼってご覧下さい。
まだまだ、時間はかかるが、旅行記を最終日まで完成したいと思っています。